
私の歩み — インドから日本のファウンディングエンジニアへ
始まり — インドから東京へ
はじめまして、Rohit Naidu Siriporam(ロヒット・ナイドゥ・シリポラム)です。22歳。現在は東京の AKIYA 2.0 でファウンディングエンジニアを務め、月間5万ユーザー以上が利用するプラットフォームを開発し、新しいサービスを日々生み出しています。 日本で「自分の理想の家」を見つけたい人たちを支えるプラットフォームの技術基盤を、自分の手で作った — 誇りを持ってそう言えます。 ファウンディングエンジニアになったのは21歳のとき。肩書きだけ聞くと格好いいですが、そこに辿り着くまでの道のりはまっすぐではありませんでした。
インドで育った私は、「何でも体験したい」タイプの子供でした。ほとんどの子供がそうであるように、止まらない好奇心があって、何でもやってみたい、どこへでも行きたい、すべてを理解したい — そんな衝動に突き動かされていました。 その好奇心のおかげで、無数の道に足を踏み入れました。役立った道もあれば、…そうでない道も。でも、寄り道で得たものは確かにありました。視野です。 途中で、空手の茶帯を取り、絵画のディプロマを修了し、いくつもの楽器 — フルート、ピアノ、ハーモニカ、ギター、ドラム、タブラ — を弾けるようになりました。
音楽は、ただの趣味を越えた存在になりました。言葉では届かない自分の一部に話しかけてくれる「言語」のようなものです。 感情を整理するのにも、混沌の中で集中するのにも、ときには「誰も見ていないかのように踊る」(本当に見られたくはありませんが、笑)のにも、音楽は役立ちました。 音楽が教えてくれたのは、「上達」とは完璧さではなく、本物の表現に近づくことだということでした。
多くの興味の中で、ずっと変わらず夢中だったのが「宇宙」です。占いや星座ではなく、本物の宇宙 — 天文学、宇宙物理学、宇宙の仕組みそのもの。 スケールの大きさに心を奪われます。大好きすぎて、SF小説を書き始めたほどです。まだ2章までですが、始めただけでも一歩前進です。 好奇心旺盛な子供がみんなそうであるように、私もこの広い宇宙における自分たちの居場所を理解したくて仕方ありませんでした。 ただ、面白いことに、私は子供の頃から特別に頭が良かったわけではありません。正直、今も飛び抜けて優秀だとは思っていません。 でも気づいたのです。知能とは何でも知っていることではなく、自分の心に響くもの、自分を「生きている」と感じさせるものを、深く理解することなのだと。 いわゆる「自分のバイブを掴む」ということです。
Sathyabama大学(サティヤバマ大学)でコンピューターサイエンスを学び、GPA 8.5 で卒業しました。 早い段階で気づいていました — 大企業のオフィスや、予測可能な毎日というレールは、自分には合わない、と。 もっと意味のあるもの、もっと影響力のあるもの、そして自分が予想もしない方向に成長できる余地があるものが欲しかったのです。
最初の一歩 — 作りながら学ぶ
私のテック人生は教室から始まったわけではありません。きっかけはビデオゲームでした — Road Rash、Desert Storm、Splinter Cell、IGI、Max Payne などの古典的な作品。 ただ遊ぶだけでなく、「何がこのゲームを動かしているのか」に夢中になりました。 背景にチラチラと映るターミナル画面が、私に教えてくれたのです — 表面が美しく洗練されているものほど、その裏側には複雑なレイヤーが積み重なっている、と。 この気づきが、技術への向き合い方を決めました。最高のシステムはユーザーから見えませんが、裏側では信じられないほど精緻に動いている。そういうものを作りたい、と。
昔から、「進化し続ける」ことを信じてきました。個人としてだけでなく、人類全体の進歩の一部として、毎日少しずつレベルアップしていく。 コンピューターはその進歩の中心にあると確信していたので、結果を消費するのではなく、コードそのものを理解することに集中しました。 本当に何かに興味を持つと、より深い問いを立てるようになります。そして、その深い問いこそが、本当の学びを生むのです。
子供のころ、選択肢は2つあったように思います — 航空工学か、コンピューターサイエンスか。 人生の巡り合わせでコンピューターサイエンスを選ぶことになりましたが、今となっては心から感謝しています。 「選ばなかった道」が、「選んだ道」が正解だった理由を教えてくれることもあるのです。
大学2年のとき、インドでも有数の暑さを誇る都市で、Sparks Foundation での初めてのインターンに辿り着きました。2021年のことです。 そこで人生初のウェブサイトを作りました。今振り返ると、本当に基本的なものでした。でも、何もないところから何かを生み出した、あの瞬間は確かに自分を変えました。 完全にハマったのです。
2022年は、あえて経験を分散させました。MentorBoxx でマーケティングと戦略の仕事をしました — これは学位の必修ではありませんでしたが、優れたエンジニアになるには、自分が動く「事業のコンテキスト」を理解しておかなくてはならない、と考えたからです。 その後、Japan Inc Holding KK にインターンとして加わり、O2O Stays プロジェクトでリモート勤務を始めました。一度も直接会ったことのない仲間たちとの仕事でした。 当時としては最先端の、Web3 要素を取り入れたホテル運営のコンセプト。それから数ヶ月、デリーの MarkoKnow で MERN スタックと React Native に深く飛び込みました。 アプリ開発は私にとって新しい領域でしたが、ひたすら吸収する日々でした。それでも、まだどこか「不完全」な感覚が残っていました。
大きな転機 — AKIYA 2.0 と東京
2023年8月、AKIYA 2.0 にインターンとして参加しました。当時、AKIYA 2.0 はまだ完成された会社ではなく、最初の一歩を踏み出したばかりのアイデアでした。 コンセプトはユニークです — 「空き家」と呼ばれる、日本各地に眠る使われていない家を見つけ、再生する手助けをすること。 不動産・テクノロジー・文化の保全が交差する場所。「いかにもなテックベンチャー」ではありません。
2年をかけて、インターンから正社員エンジニアへ、そして21歳でファウンディングエンジニアへと進化しました。 2025年3月には東京に移住し、オンサイトで働き始めました。21歳でインドから東京に移るのは、なかなかインパクトのある経験でした(といっても、私はすでに6〜7年、実家を離れて暮らしていましたが)。 とはいえ、今回は別物でした。新しい国、新しい文化、新しい言語、新しい責任。 面白いことに、初めてチェンナイに引っ越したときの感覚と重なりました — 未知の世界に踏み込む、あの感覚です。 比較的早く慣れた方だと思いますが、今でも「どうすればいいんだろう」と立ち止まる瞬間はあります。でも、それも成長の一部ですよね。

実際にやっていること
AKIYA 2.0 では、技術インフラの全体を担当しています。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、本当にそうなのです。 実際に使っている技術スタックは、こんな感じです。
フロントエンド
- React、React Native、Next.js
- Tailwind CSS、Webflow 連携
- TypeScript、JavaScript
バックエンド
- Node.js、Express.js
- FastAPI (Python)
- RESTful API、Webhook
データベース・インフラ
- MongoDB(メインのデータベース)
- NGINX(ロードバランシング)
- Linode VPS でのデプロイ
- Docker でのコンテナ化
AI・自動化
- Gemini 2.0 Flash API による AI 駆動のスクレイパー
- Tesseract OCR(日本語テキスト抽出)
- Selenium による Web 自動化
- 1,800以上の市区町村を処理する Python スクリプト
ツール・プラットフォーム
- Git、GitHub
- Google Cloud Console
- Postman、VS Code
- アナリティクスダッシュボード
本当に大変だったのは何か?同じインフラのまま、月間ユーザー数を5万以上まで伸ばし、SEOで指数関数的な成長を実現したことです。 大規模なサーバー増強もなければ、予算が指数関数的に膨らんだわけでもありません。あったのは、緻密な最適化と、数えきれない深夜の作業時間だけでした。 技術以外の領域にも徐々に広がっていきました — SEO 戦略を組み立て、ページを徹底的に最適化し、オーガニックトラフィックを着実に伸ばし、広告運用も少しずつ任されるように。 ただ正直に言うと、一番難しいのは技術ではなく、人を動かすことです — 特に、自分より年上のメンバーが多い環境で。 リーダーシップ、コミュニケーション、共感とは何か。毎日のように、謙虚さを思い出させてくれます。
この仕事が本当に教えてくれたこと
AKIYA 2.0 での働き方は、いわゆる「普通のテック企業」での働き方とは根本的に違いました。学んだことを、いくつか挙げてみます。
1. テクノロジーは「目的」ではなく「手段」である
日本の不動産法、伝統的な建築工法、住宅所有にまつわる文化的なニュアンス — 自分の技術的な背景の外側にある領域を、片っ端から学ばなければなりませんでした。 でも、コンテキストを理解することで、問題解決の精度は何倍にも上がりました。 「何のために、なぜ作っているのか」を理解せずに、本当に意味のあるものを作ることはできません。
2. 小さなチームには、何でもこなす力が要る
ある日は React のコンポーネント設計、次の日は複雑なデータベースクエリの最適化、その次は AI スクレイパーの実装、それからインターンのマネジメント、続いてマーケティング戦略 — そんな感じで日々が回ります。 カオスではあるのですが、今ではそれを楽しんでいます。 システムのあらゆる層に向き合わざるを得ない環境にいると、理解は断片的ではなく、全体的なものになっていきます。
3. ユーザーの先には、必ず誰かの人生がある
私たちのユーザーは、抽象的な「顧客層」ではありません。アジアの拠点を探しているデジタルノマド。文化的なルーツを再び訪ねる日系二世。 まったく違うライフスタイルを選び直したリタイア後の方々。すべてを失って、もう一度始めようとしている家族。 彼らのために作る仕事は、学校では絶対に学べなかった種類の「共感」を教えてくれました。 コードには結果が伴う。そしてその結果は、誰かの実際の人生に影響する。そのことを、忘れないようにしています。

4. 制約は、発明の母
小さな会社では、「専門家を雇う」とか「別のマイクロサービスを立てる」とか、簡単にはできません。あるものでやり抜くしかないのです。 この制約があったからこそ、私はリソースを工夫して使うエンジニアになれました。 徹底的に最適化し、創造的に考え、限られたリソースから最大限の価値を引き出す。 自分が誇れる仕事の多くは、「豊かさ」ではなく「制約」から生まれてきました。
5. 直接的なインパクトは、深く意味を持つ
重要なバグを修正したり、新しい機能をリリースしたりすると、その影響をすぐに目で見ることができます。 現実の人たちが、私の作ったものを使って、人生を左右する判断をしている。自分のコードと、誰かの実際の人生がそうやって直接つながっている感覚は、深く心を動かします。 なぜこの道を選んだのか、その理由を、いつも思い出させてくれます。
誰も語らない、本当の難しさ
スケールにおける技術的な複雑さ
日本語の PDF を処理し、ウェブサイトをスクレイピングし、AI で物件データを抽出し、Google Maps API のレート制限と戦い、数千人の同時アクセスを捌き、しかも厳しい予算の制約の中でこれを全部やる — 正直、本当に難しい仕事でした。 「この問題、本当に解けるのだろうか」と何度も自問した夜があります。でも、解決した問題の一つひとつが、自分の力に積み上がっていく。 成長というのは、そういうものなのだと思います。
異文化への適応
日本に移ることは、まったく異なる仕事文化に身を置くことを意味していました。コミュニケーションのスタイルは大きく違うし、ビジネスの礼儀作法も別の原則の上に成り立っています。 日本語もまだ学んでいる途中で、正直なところ、これは本当に難しい。 言葉の上でも、文化の上でも、「うまく訳せていない」と感じる日があります。 でも、居心地の悪さの中にこそ成長は宿るものです。一つひとつの挑戦が、自分をより柔軟に、より理解のある、より能力のある人間にしてくれます。
今、取り組んでいること
現在進行中のプロジェクトは、こんなところです。
- 日本全国47都道府県すべての PDF を扱う、AI 駆動のスクレイピングシステムの開発
- 広告キャンペーン最適化のための、包括的なアナリティクスダッシュボード構築
- ウェブサイトのパフォーマンスと SEO の継続的な改善
- インターンの採用・育成・パフォーマンスマネジメント
コードの外の人生
私は仕事だけの人間ではありません。料理もよくします — 特にビリヤニ。これに関しては、世界でも有数の出来栄えだと自負しています。 レシピと少しの時間があれば、ほぼ何でも作れます。料理は私にとって瞑想のようなもので、エンジニアリングと不思議なところでつながっている、クリエイティブな出口でもあります。
日本の自然の美しさと都市のエネルギー — 静かな山や森、穏やかな田舎の風景、渋谷・新宿・六本木の活気ある通り — をよく探索しに行きます。 子供のころに知っていた景色とは、まったく違う世界です。写真もよく撮ります。 東京とその周辺は視覚的に本当に美しくて、自分が見ているもの、感じているものを少しでも切り取って残そうと、いつもカメラを向けています。

夜の東京には、言葉で説明するのは難しいけれど、決して忘れることのできない独特のエネルギーがあります。
若い頃の自分への助言
もし、数年前 — どの道を進むか迷っていたあの頃の自分に話しかけられるなら、こう言いたいと思います。
「外から見て格好良いもの」を最適化するな。本物の学びの機会、そして意味のあるインパクトを残せる仕事を最適化しろ。
技術スキルは、いまや豊富で、誰でも手に入ります。 本当に希少なのは、自分を多面的に — 技術的に、知的に、感情的に、倫理的に — 揺さぶってくれる仕事に出会うことです。 この多次元的な挑戦こそが、本物の成長が生まれる場所だと思います。
これから
22歳、東京に住み、スタートアップで技術開発をリードしている。本当に濃い数年でした。
辛い日もあります。「あの選択で良かったのだろうか」と問う日もあります。でも、それ以外のほとんどの日は、こう感じて目を覚まします。 今日は何が起きるだろう、何を作ろう、何を学ぼう、何を料理しよう、どの楽器を弾こう、どこを歩こう — そんな好奇心と共に。 その「可能性」と「目的」の感覚は、肩書きや年収よりずっと価値のあるものです。
もしあなたが学生、あるいはキャリアの始まりにいるなら、こんな視点で考えてみてください。
- 定番ではない道を選ぶ勇気を持ってください。それが本当に自分の心に響くものなら。群れではなく、好奇心を追いかける。
- ビジネスのコンテキストを理解してください。技術実装だけではなく。コンテキストの理解が、良いエンジニアを非凡なエンジニアに変えます。
- オープンに、透明に作ってください。成功も、失敗もシェアしてください。どちらも、誰かに価値のある何かを教えてくれます。
- 自分の成長に投資してくれるメンターを探してください。良いメンターは希少で、人生を変える力があります。
- お金は大事です。でも、それがすべてではありません。キャリアの最初の数年は、学びのスピードと、意味のあるインパクトに最適化してください。
つながりましょう
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これが私の最初のブログ記事です。これからフルスタック開発、AIシステム、プラットフォームのスケーリング、そして東京で暮らし働くことのリアルについて、もっと書いていく予定です。興味があれば、また覗きにきてください。